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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)1681号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人定塚道雄の上告趣意は、末尾に添えた別紙記載の通りである。

(一)  論旨は第一点から第九点にわたるが、本件上告は旧刑訴法第四一六条の規定によるいわゆる飛躍上告であるから、その上告理由は同条第一号または第二号(本件にあっては第一号)に該当する主張でなくてはならない。しかるに論旨第二点はいわゆる期待可能性の議論であり、同第三点は原審の訴訟手続に関する非難であり、同第四点は原判決の証拠説明に対する攻撃であり、同第五点は原審の訴訟手続上の瑕疵の批判であり、同第七点は原判決には判断遺脱があり且つ原判決の判示事実と証拠説明とにくいちがいがあるとの主張であり、同第八点は原判決の採証上の違法の指摘であるから、これらの論旨はいずれも飛躍上告の適法な理由とは言えない。

(二)  論旨第九点は、原判決の擬律錯誤を主張するが、原判決の確定した昭和二二年一二月四日頃における押麦の売買の基準価格は昭和二二年一一月一日物価庁告示第九六一号によって規定されたものであり、その告示による統制価額の指定は物価統制令第四条の規定に基くものであって食糧管理法に基き指定された価額は存しないのであるから、本件価格違反行為は物価統制令違反の問題であって、所論のごとく食糧管理法違反を以て論ずべきでなく、論旨は理由がない。

(三)  本件は、大日本紡績株式会社の用度係なる被告人山田保が押麦を統制価格超過の価格で買入れた、という事件であるが、論旨第一点は、本件押麦の買受は工場宿舎用の食料に供せんがためであったのに、原判決は「大日本紡績株式会社の業務に関して」と判断したのであって、この判断は物価統制令第一一條但書の解釈を誤ったものである、と主張し、また論旨第六点は、被告人の買受行為は大日本紡績株式会社の営利目的に出たものでないのに、原判決は物価統制令第一一條の消費者除外の趣旨を理解せずして同條を不当に適用した、と非難する。右二点は共通の論旨であって、これは飛躍上告の理由になり得る。しかし物価統制令第一一條が「契約ヲ為スコトガ自己ノ業務ニ属スル」場合を「営利ノ目的ヲ以テ契約ヲ為ス」場合と同様処罰する所以は両者共に多量の物について何回も反覆して行われる傾向があり物価秩序を紊す危険が多いからである。この趣旨に鑑みれば同條但書にいわゆる「当該契約ヲ為スコトガ自己ノ業務ニ属スル」とは自己本来の業務として該契約をする場合だけに限らず自己本来の業務の遂行上必要であって通常附随的に行われる契約のようなものを包含すると解すべきである。そして本件において、被告人が原判決判示の押麦三〇俵(一俵五〇瓩入)を買受ける契約をしたのは、被告人が大日本紡績株式会社の用度係として、同会社工場寄宿舎の工員の食料に供するためであったというのであるが、現今紡績業を営む会社が工員の為め寄宿舎を設けることは殆必要欠くべからざるものであるからその寄宿舎に収容する工員の食糧を購入することはその紡績業を遂行するため必要であって通常これに附随して行われるものと解するを相当とするから、原判決が被告人が右押麦買受契約をしたことを以て右会社の業務に属するものとしたことは正当であり又右契約をすることが業務に属するときは営利の目的に出たことを必要としないから被告人を物価統制令第三條違反に問擬した原判決は何等所論のような違法はなく論旨は理由がない。

よって、旧刑訴法四四六條に従い、主文のとおり判決する

以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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